1993.2 BT美術手帖 展評
ギャラリー白 個展

中井康之(西宮市立大谷記念美術館学芸員)

 館勝生は作家活動を始めた当初から、一貫したシステムによって
絵画を制作しつづけている。
 彼は暗褐色や濃緑色といったモノクロームに近い色彩によってキ
ャンヴァス上に一定の方向に激しいストロークを重ね、画面上に偶
然表出したかのような抽象的な形態を巻き込みながら流れるような
イメージを生成してきた。その禁欲的な色彩と流動化したイメージ
が生み出す表情は、ひとつのスタイルとして認めることができた。
 今回の新作では、今までわずかなイリュージョンによってレリー
フ状に立ち現れるばかりであったイメージが、それ自体決然とした
三次元的形態を保有することによって、画面上に明らかな空間感を
生み出している。画面に重ねられた筆触が、それ自体の効果とわず
かに立体感をもちはじめている形態を説明するものとの間で、交互
に立場を換えるような、見る者の視覚のなかに生じていたこれまで
の作用は結果的に消失している。偶然的に生じたような曖昧な形象
が絶対的な像に変換されることによって画面は求心的になり、必然
的に描かれたものは序列化されるのである。
 形象が流れて変容するようなイメージは館独自のものではない。
例えば、F・ベーコンの「法王シリーズ」に見られるような、像が
絵具に分解するような両義的な絵画空間を思い起こさせる。しかし
これまでの館の作品においては筆触が優位に立ち、そのような演繹
的な手法による作品が例示されることはなかった。今回の新作にお
ける立体的な形象は、従来の館の作品に見られた関係を転倒させ、
筆触は形象から遊離し空間を説明する一要因となっている。
 平面としての絵画空間を徹底的に意識させながらも、強烈な速度
感覚を内包した館の特異なスタイルは今回の作品ではスケール感の
掴めない三次的空間の中に静止した像を顕現させた表情にはほとん
ど変化はみられないようでありながら、画面に立ち現れた形象が空
間を暗示することによってまったく異なる絵画世界に変貌したので
ある。
 館のこの試みがなにを目指しているのかは未だ明かではない。ま
た、見る者にとってもこの変化に対してもつべき言葉は少ない。し
かし二次元空間に憑かれてしまったような貧血気味の絵画状況にカ
ンフル剤となるような展開を願うのは、私ばかりではあるまい。