1994.1 BT美術手帖 現代日本アーティスト名鑑

尾崎信一郎

イメージの再生が喧伝された80年代中盤、館は暗闇の中にほのか
に浮かび上がる独特の形象を携えて登場した。それらの形象は、昆
虫の羽根や花弁を連想させる有機的なイメージであり、画面には生
命の誕生や消滅をめぐる物語が暗示されているかのようであった。
しかし、館にとってこれらのイメージに仮託されているべき対象は
存在しない。館は出現や消失といった瞬間を画面に定着して、絵画
をひとつのエピファニー、瞬間の事件として提示する。そこに現前
するのは何かしらのイメージではなく、イメージについてのイメー
ジであり、かかる自己言及的な姿勢はニューマンらモダニズム絵画
の主題と一致をみせる。館においてこのような主題の探求は絵画の
形式的な深化を誘発した。近作においては、薄塗りで流動する背景
が画面の物質性を抑制する一方で、S字あるいは円形の形象が画面
に不分明な奥行きを暗示して絵画空間の多義化がはかられている。
最近作では導入された複雑な色彩の処理とともに館の絵画は、今や
新たな課題に直面しつつあるように思われる。