1987.7 ART&CRITIQUE No.1
ギャラリー白 個展

仲間裕子

「館勝生のイメージの世界」

 自己のイメージにあくまでも忠実であろうとする作者の執念が画
面に迫真な表現力を与えているのが館勝生の作品である。今回ギャ
ラリー白に出品された油彩4点はいずれも内的世界を凝視し続けた
作品の試行錯誤がもたらした成果であると言っても過言ではないで
だろう。
 色彩独自の持つイメージを追求することによって選び抜かれた深
い緑や茶の絵具は綿布に直接塗られており、その荒々しいタッチか
ら生じる迫力と色彩から生じる幻想性は微妙なコントラストで画面
に精気と深みを与えている。この漠然たる空間に浮遊する白い形象
は変容し、異なった形でそれぞれの作品に出現するが、伸縮可能な
白い形象こそ館の抱くイメージの中心的存在である。首吊り、ある
いは死骸や蝉の抜け殻といった死への行為や死そのものを潜在的に
意識してきた作者が、この空虚感を伴った無気味な形象にイメージ
を収斂させている。怯みのない緊張感でもって、イメージは形象化
へと導かれるのである。
 作品の構想化に入念であると同時に、館は作品の即興性を何より
も重要と考える。このようにイメージに対して絶えず純粋であろう
とする態度は、シュールレアリストのアンドレ・マッソンが「可能
性のギリギリの極限までとぎすまされた感覚、純粋な感情の流れと
表現不可能なものを語ろうとする烈しい欲求を招来する感覚」でイ
メージを具現しようとしたことに相通じる。館の作品がマッソンの
それと同様に、自己の内景と激しく対峙することによって、熾烈さ
と空虚感が奇妙に織りなす空間を築き上げていることは、単に偶然
の一致ではないだろう。
 内面性の重視と色彩独自の訴える力に敏感であるが、簡単に表現
主義的絵画として枠を限定できないところに、館の個性があらわれ
ているように思われる。それは内容の複雑化にある。作者は視覚性
のみで画面を構成するのではなく、さらに言葉を加えることによっ
て、イメージと作品の新たな展開を目論んでいる。聖書から抽出し
たという「聖霊と花嫁」や「子羊に似た十本の角」といった超現実
的な表現が画面の左下に書かれているが、これらの言葉は本来の宗
教的な意味合いを含んでいるのではなく言葉の意表をつく効果によ
って、作品のイメージはさらに混沌とし、空虚感も深まる。館の創
出する闇に似た世界は、しかし、精神性を説く聖書と不思議な調和
を生じており、言葉と空間は決して背離するものではない。
 内容の複雑化とは対照的に、微妙ながら限定された色彩の背景と
簡素化された白の形象で占める館の作品は、過去のシュールレアリ
ストや表現主義者の重苦しさを脱皮し、単純で明晰な画面へと向か
っている事実も見逃すことはできない。同時に展示されている木炭
紙を使った4点の小品は、綿布に描かれた作品と同じ主題であるの
にもかかわらず、絵具の層が薄くなることによって、ヴェイルのよ
うな透明感さえも伴っている。幻想的な雰囲気は落ち着きの中にさ
らに高まっていると言えよう。
 不可視な世界への館の探求はさらに密度の濃いものになるであろ
う。イメージと画面構成の対応がどのように展開していくか、これ
からも期待される画家である。