1987.8 美術手帖 展評
ギャラリー白 個展

吉岡留美

 一昨年デビューした館勝生の絵画を取り上げてみる。藍色、濃鼠
色、灰緑色の溶け合った沈むような暗調色が広がる画面に侵入して
来る厚みのあるほの白い形象。生きもののようにそれ自らの力で、
緩やかに、うねるように上方へと立ち上がっていくイマージュの生
成。以前は、その最初の手がかりであった裸体のモティーフが、よ
り明瞭であったようだが、今回の作品は、私にはむしろ植物を連想
させる。たとえば、カトレアの大きな花びらが開いていくかのよう
な。
 「一つの地の上の一つの図」が我々の手に入る最も単純な感性的
所与であるという知覚のゲシュタルト理論を今さら持ち出すのは、
少々時代遅れなのであろうが、彼の作品は、絵画における地と図、
あるいは背景と形象の区別という問題を思い起こさせた。閉じられ
た輪郭線が認められる時、その線の内部は地と図としての特権を有
し、地には属することなく浮き出してくる。明確な線が消える場合
でも異なる色面を面上に配置すれば一方は後退し、他方は突出する
というふうに地と図とを分かつことは可能である。彼のあるタブロ
ーでは、画面の半ば近くをゆったりとした白い絵具が覆っている。
そこにわずかずつ藍や灰緑のタッチが混在し、白はいわば地として
機能しているようだ。先ほどの白い形象はその地から不分明な仕方
で生まれ、暗い色面へと浸透し、次第に図としての性格を主張して
いく。地と図との未分化と分化。その不安定なゆらめきの内に魅力
的な絵画空間が形成されている。「イマージュの生成」という古く
て新しい課題への取り組みの、今後の展開に期待したい。