1994.5 兵庫県立近代美術館
ART NOW’94−啓示と持続 カタログ

尾崎信一郎(兵庫県立近代美術館)

1980年代のなかば、館勝生は暗がりに浮かび上がる昆虫の羽根
や、植物を連想させる一連のイメージを携えて登場した。それ以来
80年代に華々しく活躍した関西ニューウェーブに連なる新しい世
代の中核として充実した作品を発表し続けている。作品が洗練され
るにつれ、館が描く一連の有機的なイメージはその実、いかなる対
象も仮託されておらずイメージの生成そのものが作品の主題とされ
ていることが次第に明らかにされてきた。画面に繰り広げられるの
は、いわばイメージにつてのイメージであり、このような自己参照
性こそが、一見して受ける印象とは逆に、館の絵画をモダニズム絵
画の伝統へと結びつけている。実現されるべきイメージを探求する
中で、館は自己の絵画を形式的に強化した。すなわち、近作では最
初濃厚であった筆触と画面の物質性が解消され、垂直に流動する薄
塗りの背景に対して円形、時にS字形の屈曲する形態が浮かび上が
る。絵具の滴りなどによって垂直性が強調された結果、画面に正面
から向かったとしても、見る者は視線の経路を定めがたく、作品を
瞬間的に享受することを強いられる。更に館の描く光景はイメージ
の出現であろうか、消失であろうか。そこに繰り広げられるのは出
現と消失の境界に位置する、いわば絶対的な現在としてのイメージ
の顕現であるように思われる。瞬間のうちに知覚される何かしら圧
倒的な存在、かつてあったのでも、いまだあらざるのでもない現在
としてあらわれる存在、館の絵画を前にして我々が否応なく味わう
このような体験に比されるべきものがあるとすれば、それは何かし
らの啓示を前にした時に感じられる宗教的法悦ではないだろうか。
館の絵画から連想されるべきは意味を越えた巨大な色面が観者の前
に立ちはだかり、垂下する色彩や垂直のジップを見る者の上へと打
ち下ろすクリフォード・スティルやバーネット・ニューマンらの色
面抽象絵画であろう。優れた作品は形式の内に主題を秘め主題が形
式として実現されるのである。