1994.3
上野の森美術館 現代美術の展望 VOCA展 カタログ

天野太郎(横浜美術館学芸係長)

 館勝生の作品は、色彩の濃淡やダイナミックな筆致とそれに呼応
して微動する形態の存在感の豊かさが特徴的である。形態のイメー
ジは作家の幼年期の深層的な記憶から呼び起こされたような原初的
で、しかも生々しい印象をわれわれに与える。重層的に塗り込まれ
た色彩ではないのにもかかわらず、独特の奥行きが感じられるのは
背景の静と動的な形態の対比が効果的であるからだ。
 絵画は様々な要素が込められた空間であり、そこから多くのこと
を引き出すことは、絵画と観者の間の約束された悦楽のひとつであ
る。館の作品もまた、そうした特定なものではないにせよ、この作
家のアレゴリーが存在し、そのことがこの作家の作品を同時代の絵
画の中でも特に際立たせている点である。
 無数の形態はそれぞれの意味を有していることは予想されること
だが、われわれが画家の内面の世界が込められた作品の中に入り、
あるいは距離をおいて眺めるといった関係性の中で、作品の存在感
はより強固になっていることもまた確かなことだ。館の作品には、
そうした抽象絵画における表現の豊かさが秘められており、その形
態やそれをとりまく色彩が今後いかに変化し、豊かな内容を加えて
いくか大いに期待されるところである。