1989.4
ギャラリー白 絵画論的絵画2−機能する形態 カタログ

尾崎信一郎(兵庫県立近代美術館学芸員)

 今回の出品者の中で、最若手である館勝生が固執する形態は、今
日にあってやや異様な印象を与える。荒々しいストロークの感触を
残しながら、暗い背景から浮かび上がるほの白い有機的な形態は、
シュルレアリズム絵画に頻出する原型的なモティーフを想起させ、
絵画の内容に関わるように思われるからである。
 80年代後半から本格的に絵画に向かった館にとって、形態を描
くことは既に許されていた。そして館はイメージの生成に絶えず取
り組んできたのであるが、近作からは館がこの問題を通しながら絵
画に関するフォーマリスティックな関心を一貫して持続させてきた
点がうかがえる。これは極めて逆説的な態度と言えよう。生成とい
う時間的な局面の主題化は決してそのままフォルムの成熟には結び
付かないからである。しかしここでも我々は形態の今日的な在り方
に遭遇する。館が織りなす原生的な形態はシュルレアリストの過剰
な意味からは程遠い。当初、とりあえずの手掛かりとして具体的な
モティーフから着想された独特の形象は、近作において指示性そし
て意味性からも離脱しようとしている。館の形態は常に背景に対す
る前景として画面内に不確定な空間を成立させていた。これを保証
する要素としては比較的塗りの薄い背景に対して、マティエールの
感触を残したストロークが部分的に集結して疎密の対照を示したこ
とが挙げられよう。しかし、形態に意味としての思い入れがない以
上そのイメージをいかに応用しようとも自由である。館は近作にお
いてモティーフを自在に展開させている。形態は全面に展開を開始
し、この過程でこれまで画面を構成してきた背景と形態という二分
法が次第に解消されている。そこではニューマンのジップにも似た
垂直的な要素がしばしば画面を分断するが、ストロークの要素を濃
厚に反映させて、背景とも形態ともつかない独自の形で画面を強化
し、画面はこのあいまいさの故に平面化されず多義化されている。
 館において形態は、画面を構築する上での機縁にすぎない。しか
しこれまで形態が用いられる場合、画面を構築する一要素として、
いわば空間的に把握されたのに対して、館における形態は絵画を実
現する上での手掛かりであり、導き手であり、変貌のよすがなので
ある。イメージの生成という主題をめぐって決して最終的な姿へと
収斂することなくむしろ画面の変容の可能性そのものと化した形態
は、いわば時間的に自己実現を果たすのであり、館はまさにその試
みを通して絵画の形態論的な在り方を追体験するのである。