1998.7 原美術館 ハラドキュメンツ5 カタログ

安田篤生(原美術館学芸員)

「絵画の芽−館勝生の作品」

 近代以降、美術の変転はめまぐるしいが、19世紀の印象派から
今世紀初頭のキュビスム、第二次大戦後の抽象表現主義等々、絵画
史の記述はそのまま美術の変革の歩みになっていた。美術表現の基
本的な形式と言える絵画は、しかし今世紀になってその「死」、あ
るいは「終焉」もしばしば議論されている。デュシャン以後、20
世紀の美術史は「絵画」「彫刻」といった形式の根底を問い直し、
あるいは「美術」そのものの概念にさえ疑問符をつけてきた。同時
に、20世紀の美術史は作品及び作家と鑑賞者の関係を作る「美術
館」の発達史でもある(美術館という装置そのものの問題にはここ
では触れない)。近年視覚的表現の媒体が広がり、写真やビデオは
言うに及ばずデジタルイメージの作品も急速に増えてきた中で、美
術館が企画するこの数年の「尖端的な」現代美術展は、大なり小な
りインスタレーションやメディアアートに眼をくばらざるをえない
状況にある。20世紀も末となった現在、絵画は「いま」に密着し
た「熱さ」という点では、現代美術と呼ばれる領域においてマイナ
ーであるかも知れない。それでもなお絵画の作り手はそれぞれの方
法論で制作を続けており、美術館も時折そうした絵画の現在に焦点
をあてる展覧会(注1)も企画している。今回、ハラドキュメンツ
と呼んでいる当館の小企画シリーズでも、絵画にこだわり続ける作
家の一人を選んでみた。
 館勝生が作品を発表し始めたのは1980年代半ば、まだ大阪芸
術大学在学中のことである。80年代の関西はニューウェーブと呼
ばれた活力のある作家たち(たとえば石原友明、椿昇、中原浩大、
松井智恵、森村泰昌)が頭角をあらわした時代だった。彼らは、ほ
ぼ例外なく兵庫県立近代美術館が毎年行っていた「アートナウ」展
に選ばれている。美術館からのアプローチとは別に、関西の若手作
家たちが自主的に1982年から90年まで大阪で行っていた「イ
エスアート」展の80年代関西ニューウェイブを象徴するグループ
展だった。作家によるグループ展のムーブメントは90年代に入っ
て沈静化してしまうものの、「イエスアート」にはプロパガンダや
メッセージにこだわらず多種多様な試行が交流する開かれた場とし
ての活気があった。「アートナウ」あるいは「イエスアート」(注
2)の中でも絵画の作家は決して多くはないが、上記のニューウェ
ーブより少し若く、後期「イエスアート」の常連だった館勝生は、
早くから関西の美術関係者に注目されていたように思う。
 館勝生は、矩形のカンヴァスと油絵具という「伝統」から一歩も
踏み出さず、絵画の歴史的文脈を常に意識している作家である。彼
の作品を語るものは必ずといっていいほど、画面に力強い即興的な
筆致で描かれた昆虫の羽根か、植物のような原初的な形態に言及し
てきた。英語のやや思わせぶりな作品タイトル(大半は聖書の言葉
をかなり気ままに選んでいるらしい)とともに、深層の記憶に語り
かけるかに思える形態はまさしく「…のようなもの」であって何ら
かの対象と同化するものではない。90年代前半の作品では「…の
ような」形態を作るストローク(筆致)や色彩が背景となる垂直方
向に流れ落ちるストロークや色彩とせめぎあうように交錯し、なに
ものかが生成する、もしくは逆に消滅する境界で揺れ動くようなイ
メージを構築していた。そこには、まさしく「絵画」が現前してお
り、言い換えれば、作品を前にしたときに絵画を視る「たのしみ」
が生まれる、イメージの力があった。
 初期の作品ほど絵具を厚ぼったく塗り、マティエールにこだわっ
ていた感があるが、90年頃に写真表現の光や色彩に触れて以来、
絵画の色彩についての考え、絵具の使い方が変わったという。そし
て96年頃から館勝生の作品はまた変わりつつある。もはや背景が
描かれなくなり、カンヴァスの白い均一な下地塗りが、そのままあ
らわされている。支持体の露出が絵画の事物としての平面性を強調
し、スピーディに走る微細な線と薄く溶かれた絵具の大胆なストロ
ークが、白い地の上で等価に交錯してイメージを作り上げている。
3〜4時間で1枚を仕上げるということだが、即興的なアクション
=「描くという行為」から瞬時的に生まれるイメージの力を模索す
る姿勢が、ますます顕著になったと言えるだろう。こうした最近の
試みが、90年代前半に手に入れかけた一種の完成と安定とを自ら
壊そうとしているように見えるのは、私だけの印象であろうか。ひ
ょっとすると館勝生の現在は「失敗」をめざしているのかも知れな
い。もちろん、ここではアクションそのものが目的ではないはずで
ある。ここにあるのは光、色彩、形態…、絵画性を構成し、イメー
ジの力を芽吹かさせる諸要素への持続的探求の過程であり、安定し
続けることは停滞と隣り合わせでもある。

(注1)首都圏に限定してみても「絵画考−器と物差し」(水戸芸
術館、95年)、「視ることのアレゴリー1995:絵画・彫刻の
現在」(セゾン美術館、95年)、「絵画、唯一なるもの」(東京
国立近代美術館、95年)など。また1994年から年一回、「新
しい平面の作家たち」をサブタイトルに掲げ、授賞制度をもうけた
「VOCA展」(上野の森美術館)が始まった。ちなみに館勝生は
第1回「VOCA展」で賞を受けている。

(注2)いわゆる関西ニューウェイブの主な顔ぶれは兵庫県立近代
美術館の「アートナウ−関西の80年代」展(90年)に集約され
ていると思う。これは80年代の「アートナウ」出品者の中から、
あらためて作家を選んで構成した一種の総決算もの。以後「アート
ナウ」は運営方法を再考したうえで隔年開催となり、館勝生は94
年度に出品。また「イエスアート」展は大阪のギャラリー白が会場
だったが、1987年だけ「イエスアートデラックス」と題して、
大阪と東京(佐賀町エキジビットスペース)で行われた。