1990.9 ギャラリー白個展 案内状

建畠晢(国立国際美術館主任研究官)

 どこか生物を思わせるモチーフ。館勝生はこの五年間、半ば地の
中に埋没した、あるいは地からかろうじて浮かび上がってきた、こ
うしたごく少数のモチーフに取り組んでいる。まずウツボカズラの
ような円錐形が登場し、ついで大きな花弁のような形が、また虫な
いし鳥の飛翔を思わせるイメージが現れ、最近作では茎についた葉
あるいは蝶か蛾の羽根のようなイメージが集中的に描かれている。
いやこれらはモチーフと言い切ってしまうには余りに漠然としたも
のであるかもしれない。たとえば画面の端に現れる“茎”は、むし
ろ勢いのある筆触による白い垂直の運動そのものであり、そこから
斜めに広がる“葉”はかろうじて白の輪郭を与えられながらも、な
お背景とわかちがたい流動的な面をなしている。
 重い情動を秘めた暗褐色、暗緑色の色面。イメージはその上に分
節化されているのではなく、逆に色面そのものと一体化し、その全
体の振動を呼び起こす不穏な要素となっているのだ。それは色面に
乗せられたイメージ、手前に浮いたイメージではない。溶解と出現
の両義性を宿すがゆえに、激しい運動と化した空間。そういっても
よいだろう。
 それにしても彼の描く形が奇妙に生理的な感触をはらんでいるこ
とは事実である。このイリュージョンもまた不穏なものだが、彼の
五年間はそれがしだいに、“ジェストの海”に取り込まれてゆく過
程でもあったわけである。極度にあいまい化されながらも、その感
触は解消されることなく、むしろより深い喚起力をもたらしている
ようにさえ思われる。絵画的感情。今見えているのはこの途方もな
い課題の端緒であり、道は遠い。しかしこの課題を正面に見据え続
ける限り、館には確かな可能性があるといえるだろう。